【特集|場をひらく】vol.2:大谷省悟さん「誰かの『やりたい』を形にできる場に」 | MEANWHILE

【特集|場をひらく】vol.2:大谷省悟さん
「誰かの”やりたい”を形にできる場に」

2022.05.30

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。本特集では「場をひらく」をテーマに、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回の語り手は、大谷省悟(おおたに・しょうご)さん。グラフィックや空間にまつわるデザインや、イベント企画運営などを手掛けるクリエイティブ集団・株式会社301の代表です。このMEANWHiLEのアドバイザーとしても携わっています。

現在、オープンなクリエイティブオフィス兼カフェバーとして代々木上原の「No.」を運営していますが、実は大谷さんが空間のシェアを始めたのはずっと前のこと。長年にわたって場をひらいてきた大谷さんに、この「No.」の形に至るまでの背景や、シェアすることの面白さについて伺っていきます。

シェアのはじまりは、アパートの「301号室」から

株式会社301のはじまりは、とあるアパートの「301号室」から。新卒で映像プロダクションに入社することが決まっていた大谷さんは、自分の生活以外の余白をつくりたいという思いから、卒業と同時に大学の友人とルームシェアを開始。その後、一度場所を変えて、バックグラウンドの違うメンバーと新たに恵比寿のマンションでルームシェアを始めました。その部屋が「301号室」だったのです。

当時はまだ「ルームシェア」という概念すらまだまだ浸透しておらず、メンバーの一人の名義で借りて、居候のような形で3人でシェアしていたのだそう。そのうち、お互いの知人たちがどんどん出入りするように。

「今に比べてシェアの概念がほとんどなかったなかで、そういう動きを面白いと思う職種もバラバラの変わり者たちが集まっていましたね。家の合鍵を20人くらいが持っているみたいな(笑)。気づいたら、家主が誰もいないのにイベントが行われていたりもしました」

広告制作の仕事では、人を集めて予算をやりくりし、プロジェクトを形にしていくプロデューサーのような全体業務を担っていた大谷さん。そのスキルをいかして、自宅に集う面白い仲間たちが、それぞれの才能を発露できるような企画をすれば、さらに面白いことが起きるのではないかと考えるようになりました。

「当時集まっていたのは、社会人になって2~3年目で、ある一定のスキルはあるけれど、会社の中で自分自身の本当にやりたいことを発揮しきれなくて、発露の場所を探しているような人たちでした。

そこで仕事以外の時間を使って、みんなのやりたいことを詰め込んだイベントの企画と運営を始めました。都内でまだあまり使われていない空間を交渉して会場化し、毎月100人規模のイベントを開催していたんです」

301号室では、やりたいことを素直に言えるだけでなく、実際に形にできるようにサポートしてくれる仲間がいる。そういった状況がさらに人を呼び、イベント参加者が企画側になるケースもあったのだそう。

自主企画を続けているうちに、「会社組織でもない謎の集団が、都内で毎月100人規模のイベントを開催している」というキャッチーさから、ラジオや雑誌などのメディアに取り上げられる機会も増え、企業とのコラボにも発展。そこから、チーム名として「301」を名乗るようになったと言います。

コミュニティの存在が、いつしかセーフネットに

しばらく仕事と301の活動を並行していた大谷さんですが、ある日突然、退職することを決意。その背景には、広告業界での仕事と、仕事ではない301の活動の間で感じたギャップがありました。

「幸い、広告の方ではトップクリエイターたちと仕事をするところに配属してもらっていたのですが、そのぶん広告業界の頂点がなんとなく見えてしまったんです。社会に対して自分が関わっていくにしても、15秒や30秒という広告のシステムの中でないと活躍できないし、すごく狭いなと感じてしまって」

「一方で、301を通して出会うのは、社会が定義した枠からはみ出して、自分の「やりたい」にピュアな人たちばかりで、話していて面白いし、これからの時代の兆しが見えるというか。さらに、301は誰かに言われてやっているものでも仕事でもないので、人との出会い方としてもすごくピュアだったんですよね」

会社以外で、仕事ではない豊かな繋がりを持てているコミュニティがある。その事実が大谷さんにとって心理的なセーフティーネットになり、そこにいる仲間たちの存在が、仕事を辞めることへの恐怖を和らげてくれたのだそう。

その後、表参道の小さな空間に拠点を移して、引き続きクリエイターたちにシェアをしたり、夜な夜なイベントを開催したりしていた301。大谷さんがフリーランスの時期を1年ほど経たのち、法人化することに。立ち上げと同時に、表参道に新たなオフィスを構え、こちらでも「オープンな場にしたい」という思いから、シェアオフィスとしての機能を持たせていたと言います。

「こんなことやりたい」が気軽に生まれ、形になる

301号室で起きていた奇跡の状態を、会社組織の中でも実現させたい。BtoBの仕事でも、課題ではなくあくまで個人の「やりたい」がベースにあり、関わるメンバーが自分事として関われる状況をどうつくるのかという思想で取り組んできました。

そして、会社設立5年目のタイミングで、オフィス移転の話とともに立ち上がったのが「No.」です。

「お仕事をする相手は、仕事の関係というよりも、ずっと付き合っていく人として親しくなってきました。それは『こういうことやりたい』とか、『こんなことを一緒にできたらいいね』から始まるから。そういうアイデアが生まれるのは、別にミーティングからではないんじゃないかと思って。そこで次のステップとして考えたのが、飲食店とオフィスを融合させた空間をつくることでした」

実は、もともと大谷さんを食の道に駆り立てたのは、人気レストラン『サーモン&トラウト』のシェフでもあった料理人の森枝幹(もりえだ・かん)さん。
301の自主企画を一緒にやっていた森枝さんを通して、飲食の領域で活躍していこうとしているバーデンターの野村空人(のむら・そらん)さんとバリスタの小田政志(おだ・まさし)さんと出会い、「No.」の企画段階からメンバーとして迎え入れたのだそう。

「ふらっと立ち寄った人と人とが出会い、やりたいことの発露からアイデアが生まれて形にしていくという、一つの営みのようなものが生まれる場所になれば理想だなと。そのために、駅前の物件にし、オフィスとカフェバースペースの空間を分けずにぶち抜きでつくることにしました。

カフェバーも、ただデザイン会社が併設でつくったコーヒースタンドのような見え方ではなく、飲食店として単独でポジションを取れるようなものにしたいという思いでこだわってつくっています」

奥のオフィススペースに行くには、カフェバースペースを通る必要がある設計にしているのも、BtoCtoBという考え方が軸にあり、一緒に仕事をする以前に一人の人間として関わろうとするスタンスを表明するため。
ちなみにカフェバーのカウンター席には電源が付いており、お酒やコーヒーを飲みながら作業や打ち合わせをすることもできるようになっています。

目指すは、常に面白いことが起きている空間

事業を伸ばしていくことが目的ではなく、面白い人たちやアイデアとの出会いのために「No.」をつくり、今も現在進行形で面白いコンテンツを生み出し続ける大谷さんと、その仲間たち。

食をコレクションのように見立てた、夏のメニューのコレクションブックは、なんと3万字の書き下ろし。なぜそのメニューをつくったのかという哲学や思想がぎっしり綴られており、食べて興味を持ったら読み込めるような仕掛けになっています。

他にもコンテンツ制作や編集をまるごと外部のメディアチームに依頼して、メニューブックを作り込んだり、「『No.』によく来る常連さんの日記を書籍化した」という設定の小説『上原日記』を制作したり。

ただ面白い企画をつくるだけでなく、「人」と「場」と「企画」を循環させ続けることで、コミュニティを常にフレッシュな状態に保つという狙いがあるのだそう。

「一般的な飲食業では考えないようなアプローチをするために、常にそこにはまだ誰も見たことのない何かがうごめいてるみたいな状況をひたすら作り続けている状態です。この『No.』という場自体も、一つの企画だと捉えていますね。

とはいえ、ここまであれもこれもといろいろ足してきちゃったので、一度見つめ直して本当に必要なものだけで再構成しようとしている段階です。そこがきちんとできれば、自然と共感する人がふらっと来てくれて、僕自身が手を入れなくても常に面白いことが起きている状態になるのかなと。

バチッと何かを決めてやってもらうというよりも、そこに集まる人たちが自身の個性を閉じ込めることなく、自らデザインしていくことがこの場の面白さであり、それが上手くいってる状況を見られたらすごく楽しいんじゃないかなって思います」

ちなみに301としては、かつて大谷さん自身が退職時にコミュニティの存在に救われたように、会社に所属しつつもその先のキャリアを模索している人をスタッフとしてアサインすることで、その人が繋がりを感じられるような取り組みもしているのだそう。

答えのない問いと向き合いながら、場をひらき続ける大谷さん。常に満足せずに前進し続けるストイックな印象を受けましたが、最後には笑いながらこんな言葉を残してくれました。

「今すごく楽しいですよ。
今日が最後の一日でもいいって毎日思っています」

txt: Aki Murayama
photo: Eichi Tano