【特集|場をひらく】岡本菜穂|建築もアートも。ジュエリーショップの概念を超え、新たなデザインのハブに。 | MEANWHILE

【特集|場をひらく】岡本菜穂
建築もアートも。
ジュエリーショップの概念を超え、
新たなデザインのハブに。

岡本菜穂|SIRI SIRI

東京都港区赤坂

2022.10.15

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。 この特集では、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回のお相手は、ジュエリーブランド「SIRI SIRI(シリシリ)」で代表兼デザイナーを務める、岡本菜穂(おかもと・なほ)さん。

建築家・抽象画家だった父親の影響で空間デザインを学び、卒業後は家具メーカーに就職。並行して、2006年に「SIRI SIRI」を立ち上げました。その後大学院で学ぶためにヨーロッパに渡ったなかでスイスに魅せられ、現在はスイスに移住。日本との二拠点生活をしています。

東京・赤坂にある「SIRI SIRI SHOP」は、ブランド創立16年目につくった初の路面店。繋がりのある方たちを中心に、小さな展示やイベントの実施はしてきたものの、より広く貸し出しをするのは今回が初めてのことです。

ブランド設立までの経緯やこれから本格的に場をひらいていくことへの期待、そしてブランドの未来について、お話を伺ってみました。

建築やインテリアデザインの知識を生かしたジュエリー

幼い頃からデザインにまつわる仕事に就くことを、漠然と思い描いていたという岡本さん。しかし、今のようなジュエリーのデザイナーはもちろん、自身でブランドを立ち上げる気も全くなかったのだそう。

ジュエリーの世界に足を踏み入れた最初のきっかけは、「金属アレルギーでも着けられる自分用のジュエリーをつくりたい」というごく個人的な思いでした。

「アンティークジュエリーがすごく好きだったのですが、金属アレルギーであることがわかって、着けられないものが多くなってしまったんです。そこで、自分が学んできた建築やインテリアデザインの知識と経験を使って、ジュエリーをつくったら面白そうだなと。
さらに、女性が好むインテリアやグラスウェアに使われているような素材であれば、馴染みあるものとしてジュエリーと一緒に身に着けてもらえるんじゃないかなと考えました」

当時岡本さんは、桑沢デザイン研究所のスペースデザイン科を卒業し、家具メーカーに在籍中。働きながら、あくまで個人のアートプロジェクトとしてジュエリーのデザインをスタートします。

「SIRI SIRI」のジュエリーは、身の回りにあるさまざまな素材と、伝統的な職人技術を組み合わせているのが特徴。東京で生まれ育ったせいか、無機的なものや身近にある人工的なものからインスピレーションを受けることが多いと岡本さんは言います。

「はじめから伝統工芸を取り入れようと思っていたわけではなく、自分の中のイメージを実現させるための技術を模索するなかで、たまたま辿り着いたのが『江戸切子』などの伝統工芸だったんです。結果的に、そうした技術を取り入れつつ、新たな解釈を与えることで今の『SIRI SIRI』のスタイルができました」

今も伝統工芸の技術が残る東京の下町。そこで昔から工房を営む職人さんたちに、デザインを形にしてもらうという方法をとりました。そうして誕生したのが、今も販売しているガラスの江戸切子や、籐で編んだバングル、ピアスたちです。

これらを青山・表参道にある複合文化施設「スパイラル」のアートフェアに出品。すると、アパレル企業「TOMORROWLAND」のPR担当だった方の目に止まり、声を掛けられたことから、ブランド設立に至りました。

ふたりのインスピレーションを詰め込んだ、作品のような空間

そんななか、創作意欲の源を探るために岡本さんがスイスに渡ったのは、ブランド創立から10年を過ぎた頃のこと。1年半イギリスに滞在したのちに、スイスの大学院に留学。デザイン科でソーシャルインパクトをテーマに、自分の創作の源流や工芸がもつ社会的な意味を勉強していたのだそう。

スイスに魅せられ、その後移住を決意。これまでどちらかというと人工的なものにインスピレーションを受けてきた岡本さんですが、スイスで見た自然の美しさや人々の緩やかな生活に心を動かされ、「HOTOLI(ほとり)」という新しいコレクションも誕生しました。

今ではブランドの男性ファンも増え、EC販売で購入する方の3分の1は男性だと言います。

そして2019年には、赤坂に初の路面店「SIRI SIRI SHOP」を構えることに。

「作品数も増えましたし、理念や商品の説明をきちんと直接お話できる場所が欲しいよねと。それに、仕事をする空間はやっぱり広い方がいいなと思って、いい場所を探していたんです」

赤坂からほど近い現在の店舗を選んだのは、「SIRI SIRI」の共同代表の小野裕之さんと、店舗の設計を担った建築家の工藤桃子さん。

当時スイスの大学院に通っていてなかなか帰国できない岡本さんのぶんも、ふたりがさまざまな物件に足を運んで見つけてくれたのだそう。

工藤さんとの出会いは、最初の渡欧前。工藤さんが子どもの頃にスイスに住んでいたことから、共通の知人を通じて知り合いました。ふたりはすぐに意気投合し、今ではお互いに大きな信頼を寄せていると言います。

店舗をつくるにあたっても、ふたりでヨーロッパをともに旅し、現地の建築やデザインからさまざまなアイデアを集めていたのだとか。

「わたしは施工期間はすべてリモートで、現場は工藤さんにお任せしていました。とにかく彼女とは趣味が合うので、お互いの言葉もだいたいわかる。
彼女が『これがいい』って言うならやろうと思うし、わたしが『これやりたい』と言ったら採用してくれるという感じだったので、そこまで難しくなかったですね。完成後に初めて実際に見たのですが、『空間も一つの作品のように見せたい』という思いが形になっていて素晴らしいなと思いました」

完成した「SIRI SIRI SHOP」には、工藤さんの建築家としてのこだわりと技術がちりばめられています。

ゆくゆくは、デザインの新しいハブに。

ここ1年くらいは「SIRI SIRI」の作品だけでなく、窓辺を使って繋がりのある作家さんの小さな展示を行うこともあったのだそう。

これまでに、岡本さんのスイスの大学院の先輩である『BIENVENUE STUDIOS』というグラフィックユニットや、陶器作家・髙橋亜希子さんの展覧会が開催されています。そのなかで今回、改めて空間をひらこうと思った理由を聞いてみました。

「常連のお客様はもちろんですが、これからはより広く、さまざまな方たちにこの空間に訪れてほしいという思いがあります。ジュエリーショップというと、買わずに見るだけでもいいとはいえ、どうしても敷居が高いと感じる方が多いですよね。

でも展示でジュエリー以外の作品があると、それをきっかけに初めてのお客様や作家さんがたくさん来てくださって、新しい繋がりが生まれたんです。それがすごくいいなと思いましたし、今後はもともとの繋がりに限らず、この空間を使いたいという方に使ってもらうのも面白いんじゃないかなって」

昼間の展示に限らず、営業時間後のがらんとした夜の時間もまた違う雰囲気があって、何か面白いことができそうな予感がします。
岡本さんの中でも、ジュエリーショップの枠組みを超えて、この空間でやってみたいことがいくつかあると言います。

「ゆくゆくは、デザインのハブのような場所にできたらいいなと。空間がすごく綺麗なので、結構何でも合うと思うんです。クラフトの作家さんに限らず、アート寄りの展示をしてギャラリーっぽくしてもいいですし。あとは建築家の考えていることや、素材の探求についての展覧会ってあまりないからやってみたい。それこそ、工藤さんの展覧会とか。

やはり日本は食が文化の中心なので、人と人とが繋がりやすい食のイベントも世の中の状況を見ながら始めたいなと思っています」

「SIRI SIRI」としても、場をひらいた先の未来はまだまだ未知数。新たな企画と訪れる人たちによって、どんな化学反応が起こるのか。これからが楽しみです。

作品のような美しい空間を通じてさまざまな人が交わり、新たなインスピレーションに出会える場所。「SIRI SIRI」は、ものづくりをする人たちにとって東京の新しい拠点になっていくかもしれません。

txt: Aki Murayama
photo: Eichi Tano