【特集|場をひらく】武田稔|多様性を受け入れる寛容な場を、受け継いだこの場所で | MEANWHILE

【特集|場をひらく】武田稔
多様性を受け入れる寛容な場を、
受け継いだこの場所で

2022.09.20

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。本特集では「場をひらく」をテーマに、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回お話を伺ったのは、軽井沢で「232 work&hotel」というコワーキングスペースとホテルを運営される武田稔(たけだ・みのる)さん。

「ワクワクを共有できる場所」というコンセプトで運営されているコワーキングスペースは、ただ働くだけでなく、同じように働く誰かと出会うことができたり、時に一緒にごはんを食べたりと、つながりが生まれて欲しいという思いが込められています。
「暮らすように泊まる」というコンセプトで運営される一室だけのホテルは、まるで海外にあるアパートメントのような洗練された空間。長期滞在してゆっくり楽しんでいただけるよう、設備も充実しています。

232 work&hotel」を開くまでの経緯や、今後の取り組みへの思いについて、武田さんにお話を伺いました。

試行錯誤を続けてきた場のあり方

生まれも育ちも、ここ軽井沢という武田さん。「232 work&hotel」があるのは、曾祖父様の代から代々武田家が事業を営んできた物件の2階。武田さんが物心ついた時には、お祖父様が1階で自転車屋を、ご両親が2階でレストランを開いていたそうです。

高校卒業後にオーストラリアへ渡り、美術学校で現代美術の勉強をしていた武田さん。美術学校を卒業後も、夏は実家の自転車屋を手伝い、冬はオーストラリアに長期滞在するという生活がしばらく続きました。

時は長野オリンピック。バブルも崩壊し、デフレの真っ只中だった日本。それまでレンタサイクル事業を中心に営んできた自転車屋は、他業種がレンタサイクルに参入してきたことにより価格崩壊を起こし、経営困難に陥っていました。

現代美術を学びながらも、美術系の仕事はあまりお金にならないと感じていた武田さんは、両親から譲り受ける形で実家の事業を受け継ぐことに。思い切って1階の自転車屋を辞め、1、2階ともにレストランへと舵を切りました。メインは1階で、パーティーなどの団体利用のみ2階という形。しばらく運営を続けるうちに、このスタイルに疑問を持ち始めたといいます。

「お金にはなったけれど、パーティーで来る人はたいてい一度きりのレストラン利用。また、パーティー利用が増えれば増えるほど、スタッフが疲弊してきました。働く人も楽しめる職場でありたい。思い切って一度やめてみよう!と2階の利用をやめ、1階のレストランの運営だけに集中するように切り替えました」

そうして5年ほど前にレストランとしての利用をやめ、しばらく2階は何にも使われていない状態に。メンテナンスのタイミングで、武田さんは今後の活用方法について考え始めます。

「レストランには地元の方や面白い方がたくさん来てくださるのですが、食事がメインなので、あまりコミュニケーションできずに終わってしまう印象がずっとあって。訪れた人同士が交わることができたり、コミュニケーションとることができたり。そんな柔軟で寛容な場が欲しいなとぼんやり描いていました」

大事なのは、自分たちが楽しいと思えるかどうか

2020年1月、建物2階にコワーキングスペースとホテルという機能を持たせ、再び場を開くことにした武田さん。「232 work&hotel」という屋号は、建物の住所からとったそうです。屋号に特別な意味合いを持たせる必要はあまりないと感じていた武田さんは、世界中の誰でもわかるネーミングがいいと考え、番地の数字をそのまま屋号にしたのだとか。

「ロゴには、あえて異なる書体の数字を並べています。いろいろな人に利用してもらいたい、多様性を受け入れる場でありたい、そんな願いを込めてデザインしてもらいました」

ホテルで実現したかったのは、オーストラリアに長期滞在していた時の体験。武田さんには、仕事をしながら生活し、街の人と仲良くなって、暮らすように滞在しながらその街のことを好きになっていったという原体験がありました。ここ軽井沢の街でも、ワーケーションで滞在しながら街のことを知り、ゆっくり楽しんで欲しい。海外のアパートをイメージして生活に必要な家具家電の一式を備え、長期滞在できる一棟貸しの宿をつくりました。

また、コワーキングスペースで実現したかったのは、レストランでは実現することのできなかった、人が交わりコミュニケーションの機能をもった場づくりでした。

「コワーキングスペースの利用者と日々何気ない会話を交わしたり、利用者同士の交流を促すようなイベントを開いたり。ホテルの宿泊者には観光スポットやおすすめのお店を紹介したり。場のことと、そこにいる人のことを自分ごととして考えられるスタッフに、コミュニティマネージャーとして常駐してもらうことにしました」

コミュニティマネージャーとして抜擢されたのが、石野はるかさん。オープニングスタッフとして立ち上げに携わり、武田さんとともに運営面をゼロから組み立て、石野さん主導で備品やアメニティを揃えたといいます。長いこと飲食業に携わり、おもてなしやホスピタリティの精神を大切にしてきた彼女ならではの気付きやアイデアを、少しずつ形にしてきました。

「利用者のことを考えて提案したり、今まで培ってきたものを活かしてイベントなどの企画を考えたりすることは、やらされて出来るものではありません。石野さんがいたからこそ、今の形があると思っています」

仕事を自分ごと化できるスタッフに、楽しんで働いてもらえる職場でありたいと思っていると武田さん。自分たちがつくりたい場や企画であることを、何よりも優先していきたいといいます。

「自分たちがつくりたい場をつくった結果、万が一うまくいかなくても、将来的にホテルに自分が住んだりコワーキングスペースを老人ホームにしたりしたっていいと思っているんです。

昨今のパンデミックのように方向転換を余儀なくされることもあるし、事業として利益ばかり追求し出すと途端につまらないものになってしまう。やっぱり、今やりたいことに楽しみながら取り組めるといいですよね。つくづく、自分はお金儲けが上手じゃないなあなんて思います」

肩の力が抜けていて柔軟な武田さん。今のスタンスがあるのは、オーストラリアの美術学校での学びが大きかったと振り返ります。

「学んだのは、絵の描き方ではなく、物事の考え方や捉え方でした。ステレオタイプで物事を見てはだめで、そこにある本質を捉えるべきであるということ。こうでなきゃいけない、ではなく、こうでもいい、と多様性を受け入れる寛容さを持つということ。正解か不正解かではなく、自分が培ってきたものを通して目の前の物事を判断するということ。どの考え方も、今に活きています」

武田さんのあり方は、「232 work&hotel」のあり方そのもの。これからも、さまざまな状況下において変化を柔軟に受け入れ、自分たちが良いと思える場に育てていくのだと思います。そのあり方は、不確実な時代を生きる私たちにとって必要なスタンスかもしれません。

「オーナーこだわりの空間を借りられる『MEANWHiLE』のユーザーさんもまた、こだわりを持つ方なんだろうなと思うんですよね。どんな新しい出会いがあるか、これからが楽しみです」

センスの良い北欧家具が配備された使い勝手の良いコワーキングスペースは、料理教室や撮影、イベント、ワーケーションなどさまざまな使い方を受け入れてくれる寛容な空間。そこに宿る武田さんの思いやスタンスを伺って、場の可能性を感じられた取材でした。借り手との化学反応で、ますます面白い場になりそうです。