【特集|場をひらく】vol.7:桜木彩佳「みんなで育てる、下北沢のあたらしいまち」 | MEANWHILE

【特集|場をひらく】vol.7:桜木彩佳
「みんなで育てる、下北沢のあたらしいまち」

2022.07.31

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。本特集では、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回のお相手は、下北沢の複合施設「BONUS TRACK(ボーナストラック)」で企画総括マネージャーを務める、株式会社散歩社の桜木彩佳(さくらぎ・あやか)さん。

過去には、ライブハウスや高架下のイベントパーク「下北沢ケージ」などに勤め、施設や空間を盛り上げるべく数多くの企画をしつづけてきた、とてもパワフルな女性です。そんな桜木さんが今携わっているBONUS TRACKでは、毎週末に何かしらのイベントがおこなわれ、下北沢の新しいスポットとして平日休日問わず多くの人で賑わっています。
それらのイベントやポップアップの中には、もともとイベント参加者だった人が企画を持ち込んで実現したものもあるのだとか。

運営も空間もパブリックにひらくことで、多様な人たちが混ざり合う場所となったBONUS TRACK。ここに至るまでの歩みと、場の運営のこれからについて桜木さんに伺いました。

想定外の状況で、ひっそりと迎えたオープン

BONUS TRACKが誕生したのは、2020年4月のこと。
NPO法人グリーンズの経営をしていた小野裕之(おの・ひろゆき)さんと、下北沢で「本屋B&B」を経営する内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)さんによる株式会社散歩社が、企画運営を担っています。

13の飲食や物販のテナントと、シェアキッチン付きのコワーキングスペースがぎゅっと軒を連ねていて、どこも個性的です。
なかでも千葉県松戸市に本社を構える「omusubi不動産」はちょっと特殊。いちテナントでありながら、BONUS TRACK全体のテナント管理や会員制のコワーキングスペースとレンタルスペースの運営事業をおこなったり、散歩社と一緒にイベントを企画したりするなど、面白い体制になっているんです。

「新しい事業に挑戦したい個人のプレーヤーの方たちを支援できる場所でありたいというコンセプトで、働く・暮らす・遊ぶが一緒になった“新しい商店街”として生まれました。
設計段階から“余白”を大切にし、真ん中にある広場もあえて広めにとって可変性を高くしておくことで、新しいことが生まれやすい状況をつくったと聞いています」

しかし、ようやくオープンした2020年4月は、世界中が得体の知れないウイルスの恐怖に怯えていた時期。テナントの方たちも運営の桜木さんたちも、場所をいかした活動ができずにもどかしい日々だったと言います。

「コロナの感染拡大と同時にオープンした施設なので、まずは皆さん自分たちのお店を整えるので精一杯でした。お一人でやっているお店もありますし、とにかく余裕がないというか。それにお互いに初めての取り組みなので、テナントさんたちも運営側にどこまで要望を言っていいかわからなかったと思うんですよね。

だからわたしたちは、テナントさんや通りかかるご近所の方たちとコミュニケーションを取りながら、『朝はこんな人がよく通ります』とか『夜はちょっと暗いから、照明を足した方がいいかも』とか、今できることを話していましたね」

どうにかBONUS TRACKの空間を活用できないかと思い、街中の飲食店を呼んで、テイクアウトのお弁当の販売場所として提供していた時期もあったのだとか。

そんな日々を経て、感染者数の状況が少し落ち着き始めた2020年の夏頃。ご近所の方へのお披露目を兼ねた『はじめまして、BONUS TRACK展』や、小さな夏祭りをようやく開催することができました。

「告知したらちゃんと足を向けてくれる人たちがいるんだなとか、ビールを出せばたくさん売れるんだなということがわかって。イベント自体やりづらい世の中だけど、いざやってみたらこれだけポテンシャルあるんだなというのが、わたしたち運営側もテナントさんたちも実感できたんですよね。

さらに、『イベントはまた開催されますか?』と次を期待してくれる人がいることもわかったので、小さくても良いので毎週末何かしらのイベントを実施している画を作れたらいいなと思い、コロナの状況も見つつ少しずつ始めました」

あるイベントをきっかけに生まれた一体感。
各テナントが主体的に盛り上げる、ひとつの商店街へ

イベントで人が徐々に集まりはじめ、本来思い描いていた場所に少しずつ近づくにつれて、さまざまな変化が生まれたと言います。

「最初、広場には何も置いてなくて、本当にただの散歩道みたいな感じだったんです。でも、お店の軒先でビールを売るテナントさんが出てきたのをきっかけに、『座れるように椅子が欲しいね』ってなったり、『客席がもっとあった方がいいかも』ってことで什器を買い足したりして。

頭上にタープが張られたのも1年くらい経ってからです。屋外はどうしても天候に滞在時間が左右されてしまうので、ひさしをつけたりとか。今ではもうこれが日常ですけど、初期の写真は本当にすこーんと何もなかったんですよ(笑)」

試行錯誤を重ねながら場をつくってきたなか、ひとつの転機となったのが2021年の2月。台湾のカルチャーを衣食酒で紹介するお店「大浪漫商店」が、広場を使って春節をお祝いするイベントを開催することになったときのことでした。

「開催が決まって、大浪漫商店さんと一緒に『台湾をお題に、何かメニューや商品を出してみてもらえませんか~!』って他のテナントさんに言って回ったんです。たぶんいいことあるから一緒に盛り上げてくださいって(笑)。

最初は『台湾っすか……』みたいな反応もあったけれど、ジュース屋さんは台湾の果実を一部使ったり、カレー屋さんは台湾風のメニューを作ってくれたりして、いざ開催したらお客さんたちもすごく反応してくれたんですよね。それで、普段は立ち寄らないおにぎり屋さんでもつい買っちゃうみたいな。

写真提供:散歩社

全店舗でできたわけではないけれど、そういう良い相乗効果もあったし、初めて施設としての一体感が出せたなと感じて。広場で行われていることが、他のテナントさんにとっても自分事になった瞬間だった気がします。そこからちょっとずつ、『いったんやってみませんか』というムードが広がっていきました」

そうした取り組みを繰り返すうちに、それぞれのテナントさんからも自主的に企画のアイデアが持ち込まれるようになったのだそう。自分たちのお店だけでなく、BONUS TRACKを面白がってもらうためにはどんな企画がいいのか、日常的なコミュニケーションのなかで話すことが増えたと言います。

夢や思いを持つ人にひらかれた場所

さらに最近では、イベントの参加者が企画や出店側に回ったり、シェアキッチンを間借りしながら開業の準備をしたりするケースも少しずつ増加中。

この取材当日にも、「TYON(タイオン)」というカレー屋さんが出店していました。実はミュージシャンでもあるという彼は、以前ライブハウスで働いていた桜木さんと顔見知り。たまたまBONUS TRACKのイベントをきっかけに再会し、カレーづくりをしていることを知ったんだとか。

「“カレーをつくる人”としてBONUS TRACKで再会してびっくりしました(笑)。独立を目指して中目黒の有名なカレー屋さんを卒業し、物件を探している状況だったんです。知人を中心に自分でお弁当の販売と配達をしていて、すでにファンもたくさんいるけれど、出店できる場所がないと。

そこで、物件が決まるまでのつなぎとして、BONUS TRACKのシェアキッチンで定期的にやれたらという話になり、今は週に2回出店してもらっています。無事、南新宿にいい物件が見つかったそうで、夏にはここを卒業することが決まっています。

彼みたいに、すぐにでも自分のお店を始めたいけれど、下北沢駅周辺では家賃が高すぎたりいい物件が見つからなかったりして、準備段階としてここを使っている方は何人かいらっしゃいますね。ここを飛び立って、いろんなところに素敵なお店が増えていくと思うとうれしいです」

ちなみに、出店をしながらキッチンの運営元のomusubi不動産に物件相談ができるのも魅力。今はまだまだ物件の数自体が少ないので、今後omusubi不動産で古い空き家をリノベーションし、借りやすい値段で貸し出すような取り組みも増やしていくのだそう。

その理由は、「BONUS TRACKがきっかけでこのあたりに面白いお店が増えていけば、この周りの土地全体が豊かになるから」。

もちろんプロとして開業する人だけでなく、「自分のお店を持つほどではないけれど、趣味で極めたカレーをBONUS TRACKで出店してみたい」という人もいれば、「好きな日本酒と仲間を集めてホームパーティーをしたい」といったように個人的なイベントとして使う人もいて、使い方はさまざま。

「やってみたい」と手を挙げれば、挑戦できる環境があって、それを面白がって集う人たちもいる。“余白”があることによって、外から入り込みやすい空気が生まれ、結果的にこの場がどんどん面白く育っていくのだなと感じます。

みんなの「やりたい」が育む、新しい“まち”

そんなBONUS TRACKを盛り上げていくべく、人一倍コミュニケーションを密に取り、奔走してきた桜木さん。それぞれのテナントとお客さん、近隣の方たちをつなぎつつ、入り込みやすい空気をつくる役割は、誰にでもできることではないはず。いつもフラットで自然体に見える桜木さんですが、どんなことを意識しているのか聞いてみました。

「うーん、そうですね……。世間話をしながら、『本当はこの人、こうしたいんだろうな』みたいなところを聞き出して、プラスアルファのおせっかいをしているかもしれないです。

たとえば、テナントさんに『ま~でも夜は売上厳しいからね』って言われたら、『本当はめっちゃお酒売りたい人じゃないですか~!』『わたしも周りに宣伝するから、一回いっぱいお酒仕入れてくださいよ〜」って言ってみるとか。別々のテナントさんが似たようなこと言ってたら、『あそこの方も言ってたから、一緒にやってみたらどうですか?』って提案してみたりとか。

そうやって情報収集をしながらおせっかいで提案してみると、『そこまでいうならやろうかな』って思ってもらえることが多いんです」

それができるのは、これまでにもライブハウスやイベントパークなどで、空間の魅力を高めていくための企画をし続けてきた桜木さんだからこそ。まだ足りていない部分と、お客さんを含めた関わる人たちの欲求、そして桜木さん自身の興味とを掛け合わせることで、結果的にみんながハッピーな企画ができると言います。

BONUS TRACKができてはや2年。オープン時からともに歩んできた桜木さんに、今の思いを聞いてみました。

「この2年は、『わざわざ調べなくても行けば何かやってる』という状態をつくることを目標にやってきました。もちろんもっと上手くできたなと思うこともあるけれど、とにかく頻度を落とさずに、毎週末新しいイベントをやっているという景色はつくってこられたのかなと思います。そのなかで、外から入り込みやすいムードもできてきたのかなと。

実際に『自分もこういうことをやってみたい』という声が少しずつ増えてきている状況なので、今後はわたしたちが企画するだけじゃなく、彼らと一緒に取り組む形に変えていきたいですね。

直近でも2つのテナントさんが、わたしの知らないところで盛り上がっていて、自主的にコラボレーションした企画が生まれそうなんです(笑)。そういうことが今後増えてほしいですし、わたしたちも運営サイドとしてきちんといい形で落とし込んだり、続けていけるような仕組みを提案したりして、アイデアをちょっと足すことで実現できるようになれば一番いいなと思っています」

BONUS TRACKのテナントさんは、魅力的なハッシュタグを持つ人たちばかり。一見関係のないジャンルでも、共通点が見つかればすぐにでも素敵なコラボレーション企画が生まれてしまうのが面白いところ。

最近では、法人個人問わずやりたいことがある人たちにBONUS TRACKを使ってもらうべく、月に一度説明会も開催しているんだとか。今後さらに多様な企てが起こりそうな予感。

「このBONUS TRACK自体は、20年間のプロジェクトなんですね。今はまだできたばかりだからメディアに取り上げていただくこともありますが、この先もっと定着してからが勝負だなと思っています。

いつ来てもいろんな人が出入りして、新しいことや変わったことをやっていておもしろいなと感じてもらえるように、手を加え続けたいですね」

今後は、地元の商店街や地域の方たちと一緒だからこそできる企画を増やしていきたいという桜木さん。さまざまな境界線がより曖昧になって、BONUS TRACK自体がみんなでつくるひとつの新しい“まち”へと変わっていく未来を、たしかに感じました。

いろんな文脈が混ざり合う魅力的なそのまちに飛び込めば、思いもよらなかった自分に出会えるかもしれません。

txt: Aki Murayama
photo: Eichi Tano

SHARE