【場をひらく】vol.6:石川純平・庄司真吾
「“楽しい”を軸に、人と人が混ざり合う場を」
2022.07.05
オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。本特集では、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。
今回のお相手は、フリーカメラマンの石川純平(いしかわ・じゅんぺい)さんと、幡ヶ谷のインテリアショップ「BULLPEN」を営む庄司真吾(しょうじ・しんご)さん、佐野彰彦(さの・あきひこ)さん。
領域の違う彼らが、撮影スタジオを始めたいという共通の思いで結集。それぞれのノウハウを生かしてつくられたのが、Floatです。
その背景のひとつにあったのは、コロナ禍でのハウススタジオの需要増加。自らスタジオを運営する人たちが増えているなかで、3人は撮影スタジオの枠にとどまらず、空間を生かして新しい試みをし続けています。
石川さんと庄司さんそれぞれの軌跡に触れながら、Floatがつくられた経緯や実際におこなってきた取り組み、そして今後についてお話を伺っていきます。
本格的に写真をやるとは思っていなかった
現在、フリーカメラマンとして活動している石川さんは、東京工芸大学の芸術学部写真学科出身。はじめは、カメラマン志望だったわけではなかったのだそう。
「いわゆる普通の大学に進学して勉強をするよりは、芸術系の大学に行きたいなと思っていました。ただデッサンはやったことがなかったから、写真だったらシャッター押すだけだし、いけそうみたいな(笑)。
おじいちゃんが写真好きで、カメラを譲ってもらって触ったことはあったけど、本格的にやるとは思っていなかったですね。
結果受かった東京工芸大学は、もともと『小西写真専門学校』っていう名前だったくらい写真で有名なところでした。そこに4年間通っていたら、逆に写真しか選択肢がなくなっちゃったんですよね。それで、このままこの道で行くか〜って」(石川さん)
大学卒業後はそのままフリーでアメリカに渡り、しばらく世界各地を放浪したのちに帰国。少しずつカメラマンとしての依頼を受けていたものの、あまり上手くいかなかったと言います。
「いざ仕事となると、学校で教わったことだけでは知識も技術も全然足りず(笑)。在学中から紹介でロケ撮影のアシスタントもしていたんですけど、ライティングもわからないし、一度ちゃんと現場で勉強しようと思ってスタジオに入りました。いわゆる白ホリのスタジオで、いろんな撮影クルーたちの助手としてライト組んだりしていましたね」(石川さん)
その後、石川さんは2年間のスタジオ勤務を経て、完全に独立。現在はフリーのカメラマンとして6年目を迎え、雑誌やカタログなどさまざまな媒体で撮影を手掛けたり、個展を行ったりしています。
同期2人で独立し、立ち上げた「BULLPEN」
一方、インテリアショップ「BULLPEN」を営む庄司さんは、もともとはスタイリスト志望だったんだとか。「『東京に出たい』という気持ちで、大学進学で田舎から上京しました。服が好きだったので、在学中からスタイリストのアシスタントをしてたんです。でも独立するまで至らなくて、辞めたあとは『何やるのかな〜』って考えながらとりあえずアパレルブランドの『BEAMS』で販売員として3年くらい働きました。
もう自分が好きなこととか関係なく、普通に働いた方がいいのかなとかも思ったけど、気持ちがのらなくて。そうこうしている間に、目黒通りにあった『ACME Furniture』のことを思い出したんです。
スタイリストのアシスタント時代、師匠に言われて目黒通りで撮影に使うプロップを探していたので、お店の名前は知っていました。当時はアメリカンビンテージ家具の先鋭で、感度の高い人たちが通っているようなお店だったんですよね。ちょうどその頃、たまたま自分の先輩がお店でアートの展示をやっていたりもして、いろんなタイミングが重なって、ここで働くのもいいかなと思って転職をしました」(庄司さん)
ちなみに、現在一緒にBULLPENを営む佐野さんとは、このACME時代のほぼ同期だったのだそう。4年ほど働いたのち、ふたりで独立をしてBULLPENを立ち上げます。
「いずれ自分たちでお店やれたらなとは思っていたんです。そうしたら、幡ヶ谷にあるPADDLERS COFFEEのまっちゃん(松島大介)が、西原商店街の一階のテナントが空いたから誰か入らないかと募集していて。『僕らもいずれは……』という話をしたら、『いいじゃん!家具屋さん今ないし!』という感じでトントンと話が進み、半年後には今のBULLPENができていました(笑)」(庄司さん)
はじめは、個人事業主として庄司さんと佐野さん、そして松島さんの3人で共同代表制をとっていましたが、立ち上げから1年が経ったタイミングで法人化。
ACME Furniture出身である庄司さんと佐野さんの好みは、やはり共通してアメリカンヴィンテージ。ですがBULLPENではあまり縛られすぎずに、ふたりがいいと思うものを幅広くセレクトして取り入れています。買い付けているもの以外に、国内の家具作家の方たちとコミュニケーションを取りながら一緒につくっているものもあると言います。
「作家さんとのコミュニケーションや、話し合える関係性をすごく大事にしています。作家さん個人のセンスを尊重したいし、つくる人の顔の見える店にしたいって本気で思ってやっているところです」(庄司さん)
カメラマンと家具屋。両者の視点を入れた理想のスタジオ
カメラマンと家具屋。領域の違う3人ですが、共通して撮影スタジオを持つことへの興味や可能性を感じていたのだそう。
「やっぱり知り合いのカメラマンさんでも、独立して上手く仕事が回るようになった頃にスタジオを始める人って多いんですよ。ハウススタジオの人もいれば、白ホリを自分でつくっちゃう人もいる。だから僕も漠然とやってみたいなっていうのはあったんです。
それがコロナ禍で街でロケができなくなったことで、ハウススタジオの需要がすごく上がって。白ホリだと基本的にライティングをするので、光を遮断するために窓を閉めたり、そもそも窓がなかったりして“密”になりやすいんですよね。そういう意味でも、ハウススタジオはマンションの一室だったり、余裕がある広い空間だったりして使いやすいので、コロナ禍で始めるなら条件的にもいいなと」(石川さん)
「僕らはそこまで詳しい業界の流れは知らなかったけれど、コロナ禍になった直後あたりから、『スタジオを始めた』というお客さんがプロップ(撮影する際に使う家具や小道具)を探しにうちのお店に来ることが、肌感としてすごく増えたなと感じていました。
もともと、家具を増やしたいし入れ替えたいから、倉庫が必要だなとはずっと思っていたけど、その頃からスタジオという選択肢を漠然と考え始めたんです。とはいえ、僕らは家具のことはわかるけど、スタジオのことに関してはプロの目が絶対に必要だから、以前から知り合いだった純平さんに相談したんですよね」(庄司さん)
ちょうど(tefu)の取材の仕事で、石川さんと、BULLPENのメンバーで那須に行く仕事があり、その際にスタジオの話で盛り上がった3人。倉庫や貸しスペースとしても使える撮影スタジオをつくろうと動き始めます。
そして2021年夏、武蔵小山に3人の理想が詰め込まれたFloatが完成しました。
もともとは車の板金屋さんだったシンプルな建物を改修。プロのカメラマンの視点で光の入り方やスタジオに必要な設備などを石川さんが考え、家具や雑貨の専門である庄司さんや佐野さんがプロップをセレクトして配置しています。
一番重要な光を取り入れるための窓がなかったため、天窓と大きなサッシを導入。特にこだわったというサッシは、BULLPENで普段やりとりしている作家さんにお願いしたのだそう。アイアンと無垢材の異なる素材が共存し、開放的な空間ができあがりました。
スペース自体広いため、事前に相談してもらえればガレージのように車を入れて撮影することも可能。実際にそういった撮影に使われたこともあるのだそう。
さまざまな人が混ざり合う、クリエイティブコミュニティに
もちろん撮影スタジオとしての理想的なスペックは備えつつも、「クリエイティブスペース」と称して用途に余白を持たせているのが面白いところ。そうすることは最初から決めていたと石川さんは言います。
「つくった当初から、ベースは撮影スタジオで回しつつ、あとは自分たちが面白いと思えることをやろうって話していました。知り合いに絵を描く人や写真家の人たちも多いので、彼らの展示とか、この広いスペースを生かした面白いイベントとか。
実際に、内装が完成したときのオープニングイベントではアーティストの展示をしたり、飲食の出店者も呼んでガレージセールのようなフリーマーケットを開催したりしました。それがすごく好評で、参加した方たちからも『また何かやらないの?』と言ってもらえるようになりましたね」(石川さん)
そうしたイベントが、仕事で撮影スタジオを使うような業界の人たちに空間を知ってもらう機会にもなり、いい循環が生まれているのだそう。
ちなみに、撮影スタジオや貸しスペースとしての利用はもちろんのこと、この空間を生かした面白いアイデアを持ち込んでくれる人も歓迎しているとのこと。
「ぜひこの箱を面白く使ってほしいですね。一つ言うなら、もしここを使ってイベントをやる場合は、僕ら的にはできるだけ地域にひらいてあげてほしいなと思っています。
もちろんビジネス的には、お金を払ってもらえれば使い方はある程度許容しようかなと思っていますけど、地域の方たちともいい付き合いをしたいので、ご近所さんに『また面白そうなことやってるね』って言ってもらえるようなものがいいですね」(石川さん)
取材時には、次の試みとして「お弁当のイベント」を企画していた石川さんと庄司さん。撮影のときに関係者が食べる、いわゆる“ロケ弁”をたくさん仕入れ、普段食べる機会のない一般の方たちに販売するという企画。
外が気持ちのいい季節に合わせてビール出店者にも来てもらい、ご近所の方たちにもふらっと遊びに来てもらえるように考えていると、教えてくれました。
「たとえばイベントで同業者同士がひとつの空間に集まってたとしても、みんなピースにやってくれるし、僕らも楽しいし。こういうのを続けていけば、みんなが面白いコミュニティになれるんじゃないかなって」(石川さん)
「いろんな人を巻き込んでやっていけたらいいですよね。ここをつくったことによって、身近な友達からも何かしたいと声掛けてもらうことが結構あるんですよ。そういう思いを持った人たちとも一緒に、何かをやれたら楽しいだろうなと思っています」(庄司さん)
身近な友人や地域の人たち、イベントの出店者同士も混ざりながら、ゆるくコミュニティが広がりつつあるFloat。空間を柔軟に変化させ、地域にひらきながら、自分たちがとことん面白いと思うことを企画しつづける彼らの取り組みは、どれもワクワクするものばかり。今後の活動からも目が離せません。
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txt: Aki Murayama
photo: Eichi Tano