【特集|場をひらく】vol.1:井澤卓さん
「空間をフックにした出会いの面白さ」
2022.05.30
オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。この特集では、「場をひらく」をテーマに、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。
記念すべき第1回目は、井澤卓(いざわ・たく)さん。
「& Supply」の代表として、内装設計やグラフィックデザインを手掛けつつ、池尻大橋と代々木公園で飲食店を経営しています。
現在、タイムシェアをしているのは池尻大橋の「Lobby」。ストリートバーと事務所を兼ねていて、営業のない昼の時間帯に貸し出しています。主な用途は、撮影やギャラリーなど。
飲食店経営を始める前は、自宅やタイムシェア用に購入したマンションで、民泊や撮影スタジオとして貸し出しをしてきた経験を持つ井澤さん。かれこれ7年以上、自分の空間の一部をシェアしてきたことになるのだそう。
長く場をひらいてきたからこそわかる、時代の変化や空間を共有する豊かさについて、井澤さんの思いを伺っていきます。
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海外で感じたAirbnbの可能性
井澤さんが場をひらくに至った背景には、海外でのとある体験がありました。
数年前、ライフスタイルホテルの先駆けともいわれる「エースホテル」が、日本でも少しずつ認知されるようになり、24歳のときに実際にニューヨークのエースホテルに宿泊。「こんなホテルがあるのか」と衝撃を受けたと言います。
それから海外のホテル巡りが趣味になり、ゆくゆくは「さまざまな価値観が集まる空間を、自分でもつくりたい」と思うようになった井澤さん。
その一歩として目を付けたのが、Airbnbでした。
「ニュージーランドのオークランドになかなかいいホテルがなくて、『Airbnb』で探してみたらめちゃくちゃいいところが見つかって。
現地のデザイナーの人がつくったかっこいい空間で、すごく感動したんですよね。
自分と近しい趣味嗜好を持っている人と、空間を通して繋がれれば、現地での行動の幅も広がるんだなと思って。そういう面では、Airbnbがあることでもっと選択肢が広がるんじゃないかなと考えました」
ちょうどその頃、友人の(現在は&Spplyでデザイナーを務めている)土堤内さんと一緒に住むための家を探していた井澤さん。目黒区・祐天寺で、3LDKのいい部屋を見つけたものの、当時の自分たちの収入ではなかなか難しい状況でした。
そこで思いついたのが、その部屋の一室をAirbnbで貸し出し、その収入で溢れてしまう費用をまかなうというアイデア。そうすることで、常に海外の方と出会える機会を得られるかもしれないという思いもありました。
たくさんの縁が繋がった「アーティストの家」
当時、Airbnbに登録している物件はほとんどが山手線沿い。祐天寺は外国の人にもあまり知られていないエリアだったため、リスクはありつつも勝算は感じていたと言います。
「東京には良いホテルがまだまだ少なかったんですよね。オークランドに行った時の自分と同じように、クリエイティブやデザイン軸で泊まる場所を探している人たちは絶対にいるし、彼らに使ってもらえるような部屋を自分たちでつくろうという話になって。
その頃、土堤内も僕もチョークボードアーティストとしてメディアに出る機会が多かったので、『Artist room』と銘打ってAirbnbに出したんです。そうしたら、海外のアーティスト系の方たちが来てくれるようになりました」
安く泊まるための部屋はいくらでもある。 でもせっかく旅行をするなら、かっこいい空間や近しい価値観を持った人と出会うことに価値を感じ、お金や移動の手間を惜しまない人もいるはず。 実際にその狙いが当たり、掲載直後からコンスタントに予約が入ったのだそう。
「最初のゲストのことは覚えています。オーストラリアから来た姉妹で、趣味がすごく合ったので僕らの友人も呼んで一緒に飲んだりして。めちゃくちゃ楽しかったですね」
時にはホストとゲストの垣根を越えて、プライベートで遊ぶような友人になったり、仕事に繋がったりしたことも。 ゲストとして出会って仲良くなった香港の有名なクリエイティブディレクターに誘われて、動画に出演するという体験もしたのだそう。
自宅の一部をシェアし始めて、2年ほどが経った頃。 よりホテルに近い部屋をつくりたいと思った井澤さんは、思い切って池尻大橋のマンションをAirbnb用に購入。 これまでに宿泊したホテルからインスピレーションを得て、理想の空間を自身でデザインしました。
購入の決め手になったという25㎡のルーフバルコニーは特別感があり、桜の時期には、外国の方たちから予約が数多く入ったと言います。
プライベートを越え、仕事で場をひらく
しかし、民泊法によってAirbnbを続けることができなくなってしまったことを受け、井澤さんはそれまでの自宅を手放して、池尻大橋のマンションに引っ越すことに。民泊の代わりに、昼の時間帯のタイムシェアしはじめました。
一方、会社の方でも空間づくりを事業としてやっていくためのステップとして、飲食店経営のプロジェクトが進行。それによってつくられたのが「LOBBY」です。
1階はストリートバー、2階は井澤さんたちの事務所になっており、昼間の時間帯はバーのスペースを撮影やギャラリーとして貸し出ししています。
すでに自宅でタイムシェア経験を積んでいたこともあり、この「LOBBY」もプロジェクト立ち上げ当初から、タイムシェアに出すことを決めていたのだそう。
「デザイン会社がやっているバーということで、最初は編集者やカメラマンの方たちが来てくれることが多かったんですね。その時に、スタジオをやっていることを彼らに知ってもらえれば、別の仕事の撮影で使ってもらえるかなという一つの戦略がありました。
一般的な撮影スタジオだと価格も高いし、時間の縛りもあるので、それよりは使いやすく使ってもらえるかなと」
とはいえ、撮影の用途に合わせて無難な白壁をつくったりはせずに、あえてもともとの物件の良さを残しつつ、個性の突き抜けた空間に。
ラフな雰囲気が好評で、最近ではYouTubeやネット配信番組の撮影などに使われる機会が増えたと言います。月によっては、家賃全てがペイできるほどの収入になるのだそう。
場をひらいて7年。感じる世の中の変化
現在は、池尻大橋の自宅のタイムシェアは一度停止しているものの、かれこれ7年ほどどこかしらの空間を他人にシェアしてきた井澤さん。
かつて、祐天寺の自宅でAirbnbを始めた頃と比べてどうなのか。長くタイムシェアを続けてきたからこそ感じる変化を聞いてみました。
「当時よく言われていたのは、『自分の部屋に他人が入るのって嫌じゃないの?』とか『何か盗まれそうだし危険じゃない?』とか。僕自身は、もともとそういう感覚がなかったんですよね。Airbnb自体、性善説に基づいたビジネスだし、旅行中に物盗んでも邪魔じゃない?って(笑)。
特に日本人の多くは、他人と部屋をシェアして住むという経験をなかなかしてこなかったというのもあると思うんです。でも今はソーシャルアパートメントもありますし、もしかしたら、そういうシェアする感覚が一般化してきたのかなと感じていますね」
たしかにここ数年で、空間以外にも、車や自転車をはじめ、服やカメラなどさまざまなシェアサービスが次々と生まれています。そういった世の中の流れもあって、空間のタイムシェアのニーズも多様化し、提供側としてもやりやすくなっていると井澤さんは言います。
「『どうせ使っていないなら、家にも働いてもらおう』という考え方で、ただ所有するよりも、貸し出すことで家賃やローンの返済金を稼げるなら、どう考えても合理的ですよね。だからこそこれだけ、シェアの時代になってきていると思うし。
あとは、“見てもらいたい欲”も、やっぱりあるのかなと。
今は一つの自己表現として、部屋をリノベーションして自分らしい空間に変える人が増えているし、僕自身もそれを誰かに良いと言ってもらえたらうれしいですし。そういった、自己重要感が満たされるという側面も、シェアの広がりを後押ししているんじゃないかなと思います」
タイムシェアを始めて以来、さまざまな面で生活が豊かになったと言う井澤さん。
なかでも「場をひらく」ことの面白さはやはり、人との出会いにあるのだそう。
「車みたいに、機能的なシェアだと正直何でもいいじゃないですか。でも空間の場合は、そこにオーナーの価値観や興味関心が色濃く表れますよね。だから空間をフックにすると、入口の時点である程度共感してくれているから、おのずと近しい価値観を持つ人に出会えるんですよね。
大人になるとコミュニティが限られてきますし、特に今は新しく人と出会う機会も少なくなっているなかで、こうした出会いを通して時間関係なく友達になったり、自分の興味が広がっていったりするのは魅力的だなと思います」
現在、シェアをしているのは「LOBBY」のみですが、将来的には場をひらくことを前提にした家を、自分で建ててみたいと考えているのだとか。
「タイムシェア用のパブリックスペースやエリアをつくりたいですね。たとえば、自分たちで所有しながら、1階部分をいろんな人に貸し出すような家の建て方をしてみたい。そうすれば、もし子どもができてもみんなで育てるみたいなことができそうだし、楽しいだろうなと思っています」
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さまざまな出会いを経験し、場をひらくことの本質的な面白さを知る井澤さんだからこそ、彼のつくる空間には、おのずと面白い人が集まってくるのかもしれません。このシェアブームの先の未来では、井澤さんがどんな取り組みを行っているのか、今から楽しみです。
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txt: Aki Murayama
photo: Eichi Tano