【特集|場をひらく】vol.8:小田政志|目指すのは、コーヒーと多様なカルチャーが混ざり合う非日常空間 | MEANWHILE

【特集|場をひらく】vol.8:小田政志
目指すのは、コーヒーと多様なカルチャー
が混ざり合う非日常空間

小田政志|Raw Sugar Roast オーナー

2022.08.20

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。この特集では、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回お話を伺ったのは、小田政志(おだ・まさし)さん。コーヒーのプロフェッショナルとして活躍する「Swim」の代表です。小田さんは、2000年代初頭から今に至るまで、国内外の多様なコーヒーカルチャーを受け継ぎ、バリスタやロースターとしてだけでなく、さまざまな店舗のコーヒーをコンサルティングしたりプロデュースしたりしてきました。

現在は、プロデュース業も続けながら、パートナーである小坂田祐哉さんとともに「Raw Sugar Roast(ローシュガーロースト)」というロースタリーカフェを営んでいます。

「Raw Sugar Roast」は、1階部分をカフェ、2階部分をシェアギャラリーとして、2022年3月にオープンしたばかり。ここに至るまでの経緯や、コーヒーだけにとどまらない今後の取り組みへの思いについて、小田さんに話を伺いました。

国内外で積み上げてきた、唯一無二のコーヒーキャリア

小田さんとコーヒーの出会いは、小田さんの高校時代にまで遡ります。

当時小田さんの関心があったものは、グラフティアート。屋外に描いたり、美術の課題にも提出したりと、グラフティアートを描くことに夢中になっていたといいます。アートの学校へ進学するにあたってお金を貯める目的で勤め出したアルバイト先が、たまたまコーヒー店だったのだとか。

「地元ではかなり有名なコーヒー店だったんですが、上下関係もかなり厳しい店で。サービスをして、ケーキも作って、豆売りもして。4年間勤めていたのですが、結局一度もバリスタをさせてもらえず、お客様にコーヒーを淹れることなく終わりました。何度も心が折れそうになりましたが、そこをきっかけにコーヒーに興味を持ち、独学で抽出を学んでいきましたね」

その後上京し、横浜や渋谷のコーヒー店でスキルや経験を重ねていった小田さん。次第に海外のコーヒーシーンに興味を持つようになった小田さんは、必死で英語を学び入念に準備をして、2013年にオーストラリアのシドニーへと渡ります。

「オーストラリアはカフェカルチャーがすごいと聞いていたので、実際に見てみたかったんです。シドニーについてリサーチする中で知人に面白いよと言われていたのが、『The Little Marionette(ザリトルマリオネット)』というコーヒー店。シドニーで立ち寄ったカフェにたまたまオーナーが来ていて、雇ってください!と勢いで直談判しました」

トライアルを通して、「The Little Marionette」で働けることになった小田さん。今まで抽出やマシンに興味のあった小田さんですが、初めて焙煎の仕事をすることに。

「オーストラリアで働いて初めて、焙煎を極めたいと思うようになりましたね。向こうでは、バリスタは若い人がやる仕事という感じ。コーヒーで食べていくためには、焙煎を学ばないとという風潮でした。焙煎を学びつつ、心の中では、次はイギリスに行きたいと思っていました」

コーヒーマシンや焙煎機にはヨーロッパのメーカーが多いものの、コーヒーに関しては未知の世界だったというヨーロッパ。一体どんなコーヒー文化があるのかこの目で見たいと思っていたという小田さん。そんなある日、たまたまシドニーへ訪れていたイギリスのコーヒー焙煎所「The Roasting Party (ロースティングパーティ)」の社長と出会い、イギリス行きを懇願すると、「The Little Marionette」の関連会社だったこともありスムーズに小田さんの合流が決まります。

イギリスの「The Roasting Party」は、店舗を持たない焙煎工場。毎日ひたすら豆を焙煎し、カフェ出店のバックアップをするような仕事でした。

「コーヒー豆を卸すだけでなく、お店のサポート、マシンの設置、スタッフのトレーニングをして、レシピをつくりました。 コーヒー業界というと『対お客様』のイメージが強いと思いますが、イギリスでやっていたのは裏方で支える仕事で卸先やパートナーに対しての業務が100パーセント。この時、店舗を持たずにこうした関わり方をするのも面白いなと感じましたね」

ここでの経験が、帰国後の小田さんのキャリアにもつながっていきます。さまざまな店舗へ出向いてこれら開業サポートを行うことを繰り返す中で、適応能力やコミュニケーション能力もぐんと上がっていったという小田さんですが、日本で出会った仲間達の活躍を耳にする度に焦りを感じていたといいます。

「当時はちょうど30歳ぐらい。同じところにいた仲間達はそれぞれ独立し、どんどん有名になっていました。自分だけやっていることが違っているなと思っていて。彼らに対して自分はどんな立ち位置なのか、これまでの経験を活かしてどう独自性あるキャリアを築いていけるかをずっと考えていました」

イギリスで3年ほど働いたタイミングで、ニューヨークで新しくカフェをやろうと誘いがかかりますが、ちょうどアメリカの大統領も変わり日本人へのビザが発給されない時期。出店準備の合間に日本に帰ってきていた小田さんは、そのまま本帰国することに。そこから「Swim」と屋号を定め、小田さんは日本での活動を本格的にスタートすることに決めたのでした。

自身をさらなる高みに引き上げるための、新たな挑戦

「コーヒーの仕事=バリスタ」というイメージが未だ強いかもしれませんが、 「Swim」ではカフェのような実店舗は持たずに焙煎所のみを持ち、コーヒー豆の卸業や、コーヒーに携わるコンサルタント業を主に行ってきました。イギリス時代に近い活動だったと振り返ります。

「抽出から焙煎、開業サポートまで、コーヒーに関わることは自分の中では一通りやってきたと思っていて。唯一まだ挑戦できていなかったのが、『自分で店舗を持つ』ということでした」

焙煎所にこもっているとお客さんの顔が見えないし、同業者の様子も掴みにくい。自分たちの実力を更に上げていくためにも、店舗が必要と考え始めていたという小田さん。本腰を入れて物件を探し出したのは、日本に帰国して3年ほどが経った夏のことでした。

そうして出会ったのが、もともと診療所として使われていたというこの場所。大きな焙煎機も置ける広々としたスペース、アンティーク家具の似合いそうな廃墟感、まだコーヒー店の少ない経堂という立地。一目見て「ここだ!」と決めたといいます。

水回りや電気工事など最低限しか業者に依頼せず、独自のセンスでアンティーク家具を集めることから始めた小田さん。

イギリスを代表するアーコールの椅子やオランダのローチェアといった小田さんが一目惚れしたというアンティーク家具、音楽好きの小田さんが国内外で集めてきたレコードなど。古くて良いものが、コンクリートの躯体むき出しという無骨さとうまく調和して、とても居心地のいい空間になっています。

自身が手を動かしてアート作品をつくるようなこともしてきた小田さん。店舗づくりはコラージュ作品をつくるようだったといいます。

「最初の時点では完成形がわからないけれど、素材や色の組み合わせによってどんどん変わってくる。最終的には自分の想像を超えたものになる。店内どこからでもコーヒーをつくっているところが見えるように、カウンターを中心にレイアウトすることだけにこだわって、あとは自分たちが好きなものをコラージュしていきました」

つくりたいのは、海外で見てきたあの非日常空間

「ここなら面白いことができそうだな、というワクワク感をずっと持っていて。でも今はまだ、やりたいことの50%ぐらいしかできていないんです。内装やメニューをもっとよくしていきたいし、やってみたいイベントもたくさんある。実例がないことにどんどん挑戦してみたいし、2階のギャラリーを開くことで、いろいろな人と一緒に場をつくっていけたらいいなと思っています」

思い描くのは、これまで海外で見てきた景色。コーヒーを媒介にいろいろなカルチャーや業界の人たちが混ざり合う、非日常な場。1階のカフェと2階のギャラリーでは、また違った交流を生み出していきたいといいます。

小田さんの記憶に刻まれているのは、ヨーロッパで見た風景。廃墟をリノベしたような空間にアートが施されているパブが多かったり、元教会だったというバーの照明は全てろうそくで、しかもロックが流れていたり。はたまた、美しい建築の美術館のフリースペースにあるカフェでは、みんながコーヒー片手にくつろいでアートの話をしていたり。

「やっぱり印象に残っているのは、単なる美味しい“食”ではなく、非日常な場で味わったり楽しんだりしたという“食体験”そのもの。コーヒーが美味しいのは当たり前に、さらにそれらを楽しむための空間や体験を届けていきたいと思っています」

自分の武器であるコーヒーと、そんな非日常が混ざり合う場をつくりたい。世界で見てきたさまざまな風景を原体験に持つ小田さんの挑戦は、まだ始まったばかり。

自分もそんな場づくりに関わりたいとさえ思わせてくれる小田さんの熱い思いを伺って、「Raw Sugar Roast」を起点とする活動から、今後ますます目を離せません。