【特集|場をひらく】vol.9:徳武睦裕|見えないものを大切にする、北欧スタンダードをこの場所から | MEANWHILE

【特集|場をひらく】徳武睦裕
見えないものを大切にする、
北欧スタンダードをこの場所から

2022.08.22

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。この特集では、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回お話を伺ったのは、徳武睦裕(とくたけ・あつひろ)さん。北欧の家具を扱う仕事を通して北欧の人々が持つ価値観に影響を受け、カフェやベーカリー、断熱性能を高めた住宅設計まで多岐に渡る事業を展開してきた会社「haluta(ハルタ)」 の創業者です。

デンマークにも自宅を構え、年に7,8回も北欧と日本とを往復してきたという徳武さん。その中で見えてきた暮らし方や考え方の違い、日本人が体験したことがない生活を伝えていきたいと、現在は特に、天然資源でできたリサイクル可能なデンマーク製の断熱材「ロックウール」の普及活動に精を出し、同時に、軽井沢に構える敷地面積3886.25坪もの広大な土地で、halutaのフラッグシップ兼複合施設「still(シュティル)」を運営しています。

ここに至るまでの経緯や、数々の事業を起こしてきた徳武さんが見据えるこれからについて、お話を伺いました。

「所有」ではなく、「引き継ぐ」という意識

高校に上がるまで長野県の上田市で生まれ育った徳武さん。食堂をはじめ、「何でもやっていた」という祖父と、洋菓子店・喫茶店を営んでいた父親を持ち、自営業家系という環境の中で「いつか自分で店をやる」という思いは自然と育まれていきました。

徳武さんと北欧家具との出会いは、東京を拠点とする貿易商社で働いていた時。国内外のブランドを見て知る中で、特に印象に残ったのが、フィンランドやデンマークといった北欧諸国の雑貨や家具でした。

「それこそヴィンテージと言われる類のものばかりで、トレンドを競うアイテムにあるような派手な色合いやスタイルではないものの、自分の生活に取り入れて長く使いたくなるような落ち着いた装いが魅力でした。そこから北欧というエリアに注目するようになりましたね」

2000年、徳武さんが23歳の時に父親が経営していたうちの一店舗を改装し、カフェと雑貨のお店を始めます。その間にも、ご縁あって何度か北欧へ通い、現地で暮らす人々の暮らしぶりや考え方に影響を受けたと徳武さん。

そして2006年。家具をリペアできる職人との出会いを機に、販売を目的とした北欧ヴィンテージ家具の仕入れを始め、家具を中心とするお店へ転換していきます。屋号も現在と同じ「haluta」に改め、現在につながる事業が本格的にスタートしました。現在は、軽井沢以外に東京と神戸にショールームを構えています。

「halutaというのは、フィンランド語で、“希望”と“願い”の中間にあるような言葉です。ロゴを作ってもらうときにいいなと思って」

北欧家具の魅力は、なんといっても時代を経ても価値を失わない普遍的な美しさと、長く使える耐久性と機能を兼ね備えている点。古い時代につくられたいい家具は、使用している木材ひとつとっても厚みがあるため、表面を極力薄く削ることを繰り返すことで百年近くは生きた家具として使えるそうです。

halutaでは、主にデンマークのヴィンテージ家具を中心に買い集め、それを軽井沢の自社工房で修復して販売しています。限られた数しか存在しない素晴らしい家具をメンテナンスして、次世代につないでいく仕事。当の北欧で暮らす人々も、同じようにものを丁寧に大切に使っているそうですが、根本の考え方は日本人と全く異なっているといいます。

「日本特有のもったいない、だからこそ大事に長く使う、という美徳めいた精神は一切なく、デンマーク人は物に執着していません。しょっちゅうフリマのようなものを開いていて、みんな一番高く買ってくれる人に売ります。いいものでないと売れないからいいものを買うし、売りたいからメンテナンスもする。そのほうが長い目で見ると得だから。日本とは違って、なかなか合理的な考えのもと発展してきました」

そんな文化の違いも面白いところ。デンマーク人は、「所有する」というコレクターめいたことよりも、「引き継ぐ」という意識を、当たり前のように持っているといいます。徳武さんやhalutaはそんな彼らの考えを深く理解し、共感し、「引き継ぐ」お手伝いをしているのです。

北欧暮らしを経て気づいた、日本の住宅を変えたいという思い

北欧ヴィンテージ家具の仕入れのため、20年ほど、北欧諸国と日本とを行き来する生活を送ってきたという徳武さん。デンマークに自宅も構え、年に7,8回も北欧と日本とを往復してきたというから驚きます。そんな徳武さんが実際に暮らし、生活する中で日本との違いを顕著に感じていたのが、住宅事情のこと。

「単純に、日本の住宅性能は遅れているなと思いました。戦後の高度経済成長と急激な人口の増加で多くの住宅供給を必要としたため、安く・早く・多くを求められてきたわけですが、その行く末が今の住宅事情。断熱性能に関する議論はほとんどされず、夏は冷房、冬は暖房が当たり前。現代の日本にこの住宅はよろしくないなと、危機感すら感じたわけです」

北欧諸国は、寒く、石油資源に乏しい国であったため、家の中を暖めるために暖房をガンガン使うわけにはいきません。そこで発達してきたのが、家の断熱性能を高めるという発想でした。デンマークのロックウール社が開発した石を原料とする断熱材と熱交換をする空調設備の組み合わせで、暖房の使用を抑えても快適に過ごせる住環境が整備されています。

「一度断熱の優れた空間で過ごすとその心地よさに驚きますよ。寒い家、暑い家、空気の悪い家は、それだけでイライラしたりストレスになったりしますが、デンマークだとそれがない。子供の勉強の集中力も変わってくるし、夫婦の仲も変わってくる。空気の良さって、実は社会の全てに関わってくるんですよね」

国が定める断熱のレベルが法律で定められているため、デンマークでは真冬でも快適。この法律に照らし合わせると、日本の住宅のほとんどが住宅として認められないのだとか。エネルギーを大切にしないとという風潮はやっと広まってきたけれど、まだまだ日本はエネルギーを捨てまくっている状況だといいます。

政府の違いは仕方がないことなので、それなら自分たちで示していこうと、haluta内に断熱と空調設計に特化したサステナブル住宅を専門に設計を行う住宅設計事業を立ち上げた徳武さん。ですが、最近になり難しさも感じるようになりました。

「受注を受けて、設計して・・・だと1年に数件しか建てることができず、しかも何年も先まで受注が入ってしまっている状態。これでは断熱についての意識は広まらないし、日本の住宅環境にメスを入れるほどの影響力を持つことも難しい。そう思って、日本で唯一、断熱材のロックウールを輸入して販売・提案するという事業に絞ることにしました」

ゆくゆくは、ホームセンターや建材屋で気軽にロックウールを購入できるようにしたいと徳武さん。断熱機能を体感してもらえるホテルをつくるプロジェクトも動いているそうです。

「国内外に自宅を持ちしょっちゅう行き来していたおかげで、日本と海外のギャップを目の当たりにしてきました。誰に頼まれているわけではないけれど、日本の後進的な部分は引き上げていきたい。勝手な使命感ではありますが、きっと自分にしかできないこと。今はそんな気持ちで活動しています」

想いを共有することで、時間をかけて開かれていく場

そんな中、タイミングと縁に導かれるように、halutaの本社を上田からここ軽井沢へと移した徳武さん。現在halutaのフラッグシップ兼複合施設として運営している「still」は、もともと軽井沢の玄関口の役割を担っていた「ドライブイン軽井沢」だった場所で、20年近く使われておらず廃墟になっていた場所でした。

骨組みだけを残し、もちろん断熱性能を行き届かせて全改修。快適な空気環境を体感することができます。今ではベーカリーカフェやピッツェリアもオープンし、学習塾やオフィスも入居し、軽井沢の新たなスポットとして注目を集めています。

扉やテナントを仕切るように使われているガラス窓は、一部デンマークから直接持ってきたというこだわりの建具。店内所々に置かれているアンティークなベンチやテーブルも美しく、さすがは徳武さんのセンスといったところ。

「例えばこのガラスの窓。今のデンマークの住居では木製の三重サッシが基本なので、二重サッシは向こうではゴミのような扱いなんです。そんな、今では使われていないパーツたちを持ち帰って施設に活かしています」

施設名の「still」とは、ドイツ語で「静寂」という意味。夏場になれば多くの人が行き交う軽井沢ですが、この場では、目的をもった人に心穏やかに過ごして欲しいという願いを込めているそうです。

そんな「still」はまだ開発途中。halutaにとって欠かすことのできない“食”を中心に、ここからさらに2、3年かけてカフェやコワーキング、ホテル、サウナといったテナントや施設が続々増えていく予定だといいます。

「本当は、家具屋だけやろうと思ってこの場所を買ったのですが、断熱性能やら何やら盛り込んで大掛かりな改修をするうちに、家具屋の収益だけじゃやっていけないなとなって」と、笑いながら徳武さんは続けます。

「見に来てくれた仲間たちがここで何かやりたいと言ってくれて、それなら一緒にやろうよと話が進んでいきました。決してコミュニティや村をつくりたいわけではないけれど、想いを共有できる仲間たちと場を共有できるのであれば、その方が面白くなるかもしれないと今は思っています」

数年かけて、徐々に育ち、開かれていく予定だという「still」。

訪れる度に変化していくであろうこの場所から、そして次々に新しい動きを見せる徳武さんから、これからもますます目が離せません。