【特集|場をひらく】vol.5:辻繁輝さん「新しい暮らしの選択肢をつくりたい」 | MEANWHILE

【特集|場をひらく】vol.5:辻繁輝さん
「新しい暮らしの選択肢をつくりたい」

2022.06.16

オーナーのこだわりがつまったユニークな空間のタイムシェアを通して、新しいインスピレーションとつながりに出会えるサービス「MEANWHiLE」。この特集では、これまでにタイムシェアを実践してきた方たちに取材。シェアをはじめたきっかけや、場をひらくことに対する価値観、空間へのこだわりに迫ります。

今回のお相手は、辻繁輝(つじ・しげき)さん。大手総合不動産会社から独立したのち、フリーランスを経て2021年7月末に「株式会社 drop」を設立。リノベーションの設計を主に手掛けています。
そんな辻さんの暮らしは、自宅の専有面積の8割をコミュニティにひらくというかなり大胆なもの。連日友人やそのまた友人が訪れ、空間をシェアしながら生活しているのだそう。それに加え、撮影スタジオとして貸し出しもしています。

自宅であるにも関わらず、プライベート空間がほぼない暮らし。そうなることがわかったうえで、なぜ辻さんはこのような空間をつくったのか。新しい暮らしを自ら実践し、世の中に提案し続ける辻さんに、その思いを伺いました。

27歳でマンション購入。友達のためにつくられた「ぽよはうす」

昨年、41㎡というコンパクトなつくりの部屋に、およそ1000人以上が訪れたという「ぽよはうす」。辻さんの自宅でありながら、「来る人のための家」というコンセプトでつくられ、全体の8割をコミュニティにひらいたオープンスペースとして運用しています。

この「ぽよはうす」が誕生したのは、2020年のこと。当時、まだ会社員として働いていた辻さんが、新宿御苑から徒歩5分の位置にあるマンションを購入し、自身で設計とリノベーションをしました。

当初はスタジオ貸しをする想定は全くなくて、単純に学生時代みたいに、みんなで楽しく集まれるや場所が欲しかったんです。もともと、賃貸マンションに住んでいた頃からよく友達を家に呼んでいたけれど、いっそのこと最初から友達が集まる想定で自宅をつくっちゃえばいいのかなって。
いろいろ調べてみると、購入した方が金利的にも安いし、仮に売ったとしても購入時とトントンで売れることがわかったので、思い切ってマンションを買ってリノベーションすることにしました」

部屋全体を見渡してみると、およそ一人暮らしとは思えない間取り。友人が集まるさまざまなシチュエーションを想定し、いかに多くの要素を持ち込んで掛け合わせられるかを考えた設計になっています。

「コロナ禍真っ只中だったので、不特定多数の人との接触を避けながら、ある程度顔を見知った特定の人だけで集まれたらいいなと思って。1回500円くらいのみんなが痛くない金額で家飲みができたら、すごく気楽じゃないですか。
それ以外に、自分がいないときに友達に部屋を貸す場合は有料にしたり、知人同士を繋いでサロンのようなことをみたいにしたりして、少しずつお金を回収できる仕組みをつくれたらいいなとは考えていましたね」

3mほどある広いカウンターキッチンで、ミシュランの星付きレストランのシェフだった友人がご飯をつくってパーティーをしたり、新宿の混雑したカフェに入れなかった友人がワークカウンターで作業をしたりすることも。プロジェクターやHDMI、コンセントも完備されています。

キッチンには、友人たちのネームタグが付いたボトルキープ用の棚が。
「自分のお酒があると、また遊びに来たくなるじゃないですか」と辻さん。ニクい仕掛けです。

入口にある洗面台は、「2人同時に手が洗えるように」と大きめのサイズ感に。さらに、女性がメイク直しをしやすいように三面鏡にしているという配慮。ただの自宅ではなく、まさに「来る人のための家」として設計されていることがよくわかります。

「“ここはみんなの場所”という意識がすごく強いから、各々がみんなで使えるものを持ち寄ってくれたりするんです。遊びに来てくれる人たちがここを育ててくれるという感じがしますね」

イベントなどで友人から回収したお金は、遊びに来た人たちが共用で使えるものやイベントの景品の購入などに使用し、「ぽよはうす」のコミュニティを育てていくために使用することにしているのだそう。

唯一のプライベート空間も、撮影OKに

辻さんの当初の狙いどおり、友人がまたその友人を呼び、多くの人たちが集うサードプレイスのような場所になりつつある「ぽよはうす」。それと並行して、今では撮影スタジオとして貸し出しも行っています。

「友達から、自分の空間を撮影スタジオとして貸し出せるという話を聞いて、興味があって始めました。もともとスタジオ貸しをする前提でつくっていないから、知っていればもう少し設計を工夫したのにって思いますけど(笑)」

部屋自体はコンパクトなサイズながらも可変性が高いため、CMやYouTuberの撮影のほか、化粧品などの商品の物撮りや、クラウドファンディングのページ用の撮影など、さまざまなシーンに使われています。

この空間をつくった当初、唯一のプライベートスペースとして自分の寝室には鍵とカーテンを付けていた辻さんですが、結局撮影OKにしてしまったのだそう。結果的に、撮影エリアとしては寝室が一番人気なんだとか。
長期利用になる案件はお断りした上で、週に一度くらいのペースで貸し出し中。そのくらいの頻度でも、想定していた以上に利益が出ているのだそう。

やりたいのは、身近な友達の幸せに繋がること

自宅でありながら、あまりに“他人思い”すぎる空間と暮らし。それらを目の当たりにし、思わず「プライベートが浸食されるという感覚はないんですか?」と尋ねたところ、「ないです。そこは全然気にしないですね」と辻さんは笑います。

このように日常的に自分の空間をシェアをする生活を続けてみて、どんな変化があったのか聞いてみました。

「簡単に言うと、『友達が増えた』ですね。場を通じて、次から次へと友達の輪が広がっていきますし、『こんな人と知り合えちゃうの?』という面白い出会いもある。少し時間が空いたら遊んでくれたり、打ち合わせ終わりに飲みに誘ってくれたりする人も増えて、自分の生活の中に自然といろんな人が出てくるようになりました。

『拡張家族』という言葉も最近よく聞きますが、本当に家族がたくさんいるなあという感覚です。友達夫婦のどちらとも仲が良いケースが多くて、たとえば僕が夫婦旅行に付いて行ったり、喧嘩の仲裁をしたりすることもあるんですよ(笑)」

そうした出会いから仕事に繋がることも多々あるそうで、このライフスタイルやリノベーション情報を発信しているInstagram経由の依頼と、友人からの紹介で仕事が100%成り立っているというから驚きです。辻さんが設計やリノベーションを手掛けた家の持ち主が、同じようにスタジオ貸しを始めるといった“シェアの連鎖”も生まれているとのこと。

現在は、軽井沢での貸し別荘も構想中。基本的には一般の人に貸し出し、空いているときは仲のいい友人同士でゆるく使えるような仕組みを考えているのだそう。

「 今後地方の貸し別荘と、『ぽよはうす』よりもう少し広い空間でさらにブラッシュアップした都心の貸しスペースを増やしていきたいと思っています。それらの空間が使われていない時間を上手く友人同士で活用して楽しく暮らしていきたいですね。

そのときの価値交換は、必ずしもお金でやらなくてもいいのかなと思っていて。たとえば、料理ができる人はご飯をつくるとか、撮影が得意な人は写真をシェアするとか、ヨガの先生は翌朝講師をやってくれるとか。」

仕事の面でも建築家の枠を超え、幅広い依頼を受ける辻さんですが、判断する際の根本的なスタンスとしては「楽しそうか」と「人のためになるか」。

「さらに言うと、『身近な友達のためになる』ことですね。周りの友達や、さらにその友達くらいの距離にいる人たちの幸せに繋がるものなら、やっていきたいなと思っています。

ある程度仕事が落ち着いたら、部屋数10室くらいのマンションを一棟つくって、仲間で住んだら面白いなって。部屋によっては、事務所利用できるようにして外部の人が混ざれるようにしたりして。5年後くらいにはできるといいなと考えています」

学生の頃から、不動産企画や「そもそもなぜつくるのか」というデザインの部分に興味を持ち、今では建築家として新しい暮らしの選択肢を世の中に提案し続ける辻さん。

「自宅は自分だけのプライベートな空間」という既存の概念を取っ払い、思い切ってひらいた先には、とことん大切にしたいと思える人たちとの出会いがあるのかもしれない。そんなポジティブな可能性を感じさせられた取材でした。

txt: Aki Murayama
photo: Eichi Tano